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東京地方裁判所 昭和46年(行ウ)3号 判決

東京都港区東麻布二丁目二三番一号

原告

石井三郎

右訴訟代理人弁護士

岡部勇二

同都同区六本木六丁目五番二〇号

被告

麻布税務署長 林邦男

右指定代理人

宮北登

角張昭次郎

浅尾猪一郎

稲永封吉

右当事者間の課税処分取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立て

一  原告

被告が原告に対し昭和四四年八月一六日付でした昭和四三年分所得税の更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二  主張

一  原告の請求原因

(一)  原告は、昭和四四年三月一五日被告に対し、昭和四三年分の所得税につき、総所得金額を七八九、八八四円、所得税額を〇円、還付金の額に相当する所得税額を一二三、〇八九円とする確定申告をしたところ、被告は昭和四四年八月一六日事をもつて総所得金額を四、〇五六、五四七円、所得税額を九三三、四〇〇円とする更正処分(以下、本件更正処分という。)および過少申告加算税四六、六〇〇円の賦課決定処分(以下、本件賦課決定処分という。)をした。

そこで、原告は右各処分に対し同年九月一六日付をもつて異議の申立をしたが、被告は同年一二月一一日付をもつてこれを棄却する旨の決定をしたので、原告は、昭和四五年一月一〇日付をもつて審査請求をしたところ、国税不服審判所長は同年九月三〇日付をもつてこれを棄却する旨の裁決をした。

(二)  原告の確定申告および本件更正処分における総所得金額の内訳は次表のとおりである。

(図一) (省略)

注 単位は円、△印は損失を示す。

原告は東京証券取引所の会員である日栄証券株式会社に信用取引口座および現物取引口座を設定し、株式の売買を行なつていたが、昭和四三年中に信用取引で売買回数一五二回、売買株数四六八、〇〇〇株、売付額三九、八九四、〇〇〇円の売買を行なつて六、〇九〇、七六〇円の損失を生じ、現物取引が売買回数九回、売買株数一一、一五〇株、売付額一、四九一、五四五円の売買を行なつて三五、五〇〇円の利益をえた(右両取引を合わせれば、売買回数一六一回、売買株数四八一、一五〇株、売付額四一、三八五、五四五円、損失六、 〇五五、二六〇円となる。以下、本件株式取引という。)。

ところで、原告は、確定申告において、本件株式取引による(所得損失)は事業所得によるものであるとして、その損失金三、二六六、六六三円を他の所得金額から控除して(いわゆる損益通算をして)申告したのに対し、被告は、本件株式取引による所得(損失)は事業所得によるものではなく、雑所得によるものであるからいわゆる損益通算はできないとして、本件更正処分をしたものである。

(三)  しかしながら、本件株式取引による所得(損失)は事業所得によるものと解すべきであるから、本件更正処分は違法であり、したがつて、本件賦課決定処分も違法であるのみならず、原告に納税義務がないのに行政権力を濫用してこれを賦課した点において憲法二九条一項、三〇条に違反する。

よつて、右各処分の取消しを求める。

二、請求原因に対する被告の答弁および主張

(一)  請求原因(一)および(二)の各事実は認める(ただし、原告が日栄証券株式会社に現物取引口座を設定していたかどうかは知らない)(三)は争う。

(二)  本件株式取引による所得(損失)は事業所得によるものではなく、雑所得によるものと解すべきであるから、いわゆる損益通算は許されず、本件更正処分および本件賦課決定処分は適法である。

1 所得税法九条一項一一号は有価証券の譲渡による所得のうちイないしハに掲げる所得以外のものを非課税としており、イにおいて継続して有価証券を売買することによる所得として政令で定めるものを掲げているので、右にあたる場合には非課税とされないのである。そして、所得税法施行令二六条一項は、有価証券の売買を行なう者の最近における取引の状況等が営利を目的とした継続的行為と認められるものであればその取引によつて生じた所得は非課税所得としないという実質的判断基準を定め、同条二項は、有価証券の売買を行なう者のその年中における取引が同項各号に規定する売買回数、売買株式数等をこえている場合には、その取引から生じた所得は一項同様非課税所得としないという形式的判断基準を定めているのである。すなわち、同条は、所得税法九条一項一一号イの委任を受け、有価証券の譲渡による所得のうち非課税とされない場合の要件を定めているものであつて、右要件にあたる所得が当然に事業所得であるということまで規定しているものではない。

2 所得税法施行令二六条の要件をみたす取引によつて生じた所得が、所得税法上いずれの類型の所得にあたるかは同法二三条から三五条までの規定によつて判断されなければならない。

ところで、同法上、事業所得とは農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で同法施行令六三条に定めるものから生ずる所得をいうとされているが(同法二七条一項)、そこにいう事業とは一般社会通念上事業と認められるものを総称するものである。したがつて、有価証券の売買による所得が事業所得にあたるかどうかは、その取引のための施設、その者の職業その他諸般の事情に照らし、一般社会通念上右売買が事業と認められるかどうかによつて判定されなければならない。

3 そこで、右の観点から本件株式取引が事業といえるかどうかを考えるに、それは以下に述べる理由により一般社会通念上事業とはいえないものである。

(ア) 原告は、東京都港区新橋三丁目一番一〇号に本店を有し、洋家具の販売を目的とする有限会社石井洋家具店の代表取締役として、その生活の資のほとんどすべてを別表一に示すように経常的に同会社からえていたものである。

(イ) 原告は、昭和四二年二月一五日、日栄証券株式会社に信用取引口座を設定し、本件係争年である昭和四三年の前後において別表二のとおりの株式の信用取引および現物取引を行なつたが、昭和四三年における取引の損益計算の明細は別表三のとおりである。

(ウ) 原告は、有限会社石井洋家具店の代表取締役として同会社の維持発展のため忠実にその職務を遂行する義務を負つているところから、その経営に専従し、本件株式取引は右義務に反しないかぎりにおいて、従業員を雇用せず、また、事務的設備ももたず、原告一人で投機的目的でこれを行なつたもので、客観的にも、実質的にもこれを営業として行なつたものではない。

(エ) 原告は、右(イ)に述べたとおり昭和四二年二月から株式売買にかかる取引を開始し、以後売買の回数、株数等に変化はみられるが、取引のための人的・物的設備その他の状況は、取引開始当時からまつたく変つていないのである。

仮に、原告が本件株式取引を事業として行なつたものであれば、たとえ株式の売買回数や株式数が所得税法施行令二六条二項の基準を下回つていても、当該取引による所得は非課税所得とはならず、各年分の事業所得として確定申告をしなければならないものであり、また、同法二二九条にもとづき所轄税務署長に対し事業所得を生ずべき事業の開廃に関する届出をしなければならないものである。しかるに、原告は、株式売買の取引によつて生じた所得について昭和四二年分、昭和四四年分および昭和四五年分については何ら申告せず、昭和四三年分の損失のみを事業所得金額の計算上生じた損失として申告しており、また、事業の開廃に関する届出も行なつていない。したがつて、原告は、本件株式取引を含め株式売買に関する取引を主観的にも事業とは認識していなかつたものというべきであり、もつぱら正当に負担すべき所得税額の軽減を意図して本件株式取引により生じた損失を事業所得によるものとして申告したものである。

(オ) 以上(ア)ないし(エ)において述べたところを総合して考えれば、本件株式取引は社会通念上事業とは認められないと解すべきである。

三、被告の主張に対する原告の答弁および反論

(一)  被告の主張(二)の前文は争う。同(二)の1および2は争う。同(二)の3の前文は争うが、(ア)のうち原告が被告主張の有限会社石井洋家具店の代表取締役をしていることおよび別表一のような所得があつたことならびに(イ)の事実は認め、(エ)のうち、原告の株式売買にかかる取引のための人的・物的設備その他の状況が取引開始当時から変つていないこと、原告が昭和四二年分の株式取引による損失を申告していないこと、事業開廃の届出をしていないことは認めるが、原告が株式取引を主観的に事業と認識していなかつたことおよびもつぱら正当に負担すべき所得税額の軽減を意図して本件株式取引により生じた損失を事業所得によるものとして申告したものであることは争う。同(二)の3の(オ)は争う。

(二)1  上場株式につき信用取引を行なつた場合に所得税法施行令二六条二項の要件をみたすときは、その所得は原則として事業所得となる。

2  一年以上所有していた二〇〇、〇〇〇株以上の株式を現物取引した場合、その所得は原則として雑所得となる。

3  したがつて、所得税法施行令二六条二項の要件をみたす株式取引によつて生じた所得は、事業所得ともなるし、雑所得ともなり、納税者においてこれを選択することができるのである。

4  本件株式取引は上場株式につき信用取引を行なつたものであり、所得税法施行令二六条二項の要件をみたすものであるから、その損失は事業所得によるものとして選択することができるのである。この場合の事業とは所得税法二七条のその他の事業にあたる。

(三)  本件株式取引は商法五〇一条の絶対的商行為にあたるから、それは当然に事業となるものであり、これより生じた損失は事業所得金額の計算上生じたものというべきである。

(四)  本件株式取引は社会通念上も事業と認められるべきである。

すなわち、原告は、日栄証券株式会社に信用取引口座を設定するにあたり保証金として約八、〇〇〇、〇〇〇円相当の株券を差入れ、右会社を通じて別表二のような取引を行なつたものであるが、その取引の大部分は信用取引によるものであり、上場株式を不特定多数の者から買い入れてこれを不特定多数の者に売り渡し、あるいは借株をして不特定多数の者に売り渡した後に同種銘柄を買い入れて右借株の返済をしたのである。これを数字で示せば、昭和四三年中に、原告は最高九六四人(四八二売買単位の二倍)から最低三二二人(一六一取引回数の二倍)の不特定多数人と最高九、六二二枚(四、八一一百株単位の二倍)から最低九六二枚(四八一千株単位の二倍)までの株券数を取引し、その取引金額は売渡収入金額と損益金額の合計四七、四四〇、〇〇〇円の二倍である約九四、八八〇、〇〇〇円に及んでいる。なお、原告は昭和四三年以前から株式取引を行ない、同年以後も継続して行なつている。もつとも、原告は、本件株式取引を行なうにあたり店舗を構えずまた従業員を使用しなかつたが、日栄証券株式会社に委託しその人的・物的設備を利用して本件株式取引を行ない、買い入れた株券の保管のための管理費として二七、五〇〇円を同会社に支払つているのである。一人で事業を行なうことも可能であるから、原告が有限会社石井洋家具店の代表取締役をしており、そこから主たる生活の資をえていたとしても、本件株式取引を事業と判断することの妨げとなるではない。原告が本件株式取引を開始するにつき事業開始の届出をしなかつたのは、右取引が所得税法施行令二六条二項の要件をみたすようになつて始めて、右取引が事業といえるようになるためである。

右に述べたところを総合して考えれば、本件株式取引は社会通念上も事業と認められるべきである。

四  原告の反論に対する被告の答弁

原告の反論(二)は独自の見解であつて、失当である。同(三)および(四)は争う。

原告は、本件株式取引を行なうにあたり、日栄証券株式会社に株式の売買を委託し、反対給付として委託手数料を支払つたものにすぎないのであり、右取引を行なうにあたり右会社の諸設備を使用するという関係は生じないのである。そもそも、本件株式取引が事業として行なわれたものかどうかを判定する場合に、その判断の一要素となる人的物的設備の有無とは、原告が右取引を行なうためその危険負担と責任において施設した人的・物的設備の有無をいうものである。

第三  立証

一  原告

甲第一ないし第四号証、第五、六号証の各一、二、第七ないし第九号証を提出。

乙第一、二号証の成立を認める。

二、被告

乙第一、二号証を提出。

甲号各証の成立を認める。

理由

一、請求原因(一)および(二)の各事実(ただし、原告が日栄証券株式会社に現物取引口座を設定していたという点を除く。)は当事者間に争いがない。

二、本件における唯一の争点は、本件株式取引により生じた損失が事業所得金額の計算上生じたものといえるかどうか、それとも雑所得金額の計算上生じたものか、すなわち右取引が事業といえるかどうかにある。

(一)  所得税法九条一項一一号は、有価証券の譲渡による所得のうちイないしハに掲げる所得以外のものを非課税としており、イにおいて継続して有価証券を売買することによる所得として政令で定めるものとなつているので、右にあたる場合には非課税とされないのである。そして、所得税法施行令二六条一項は、法九条一項一一号イに規定する政令で定める所得は、有価証券の売買を行なう者の最近における有価証券の売買の回数、数量または金額、その売買についての取引の種類および資金の調達方法、その売買のための施設その他の状況に照らし、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得とすると規定し、同条二項は、前項の場合において、同項に規定する者のその年中における株式または出資の売買が次の各号に掲げる要件に該当するときは、その他の同項に規定する取引に関する状況がどうであるかを問わず、その者の有価証券の売買による所得は同項の規定に該当する所得とすると規定し、一号において、その売買の回数が五〇回以上であること、二号において、その売買をした株数または口数の合計が二〇〇、〇〇〇以上であることと定めている。すなわち、同条一、二項は、所得税法九条一項一一号イの委任を受けて、有価証券の譲渡による所得のうち非課税とされない場合の要件を実質面および形式面の両面から規定しているのである。

(二)  それでは、右非課税とされない場合の要件をみたす取引により生じた所得は、所得税法上、いずれの類型の所得にあたるか。この問題は,結局、同法二三条から三五条までの規定に照らして判断されなければならない。本件で問題となるのは、本件株式取引により生じた所得(損失)が事業所得によるものといえるかどうかである。

所得税法二七条一項によれば、事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業の政令で定めるものから生ずる所得(山林所得または譲渡所得に該当するものを除く。)をいうとされており、同法施行令六三条は、これを受けて右事業として農業、林業および狩猟業、漁業および水産養殖業、鉱業(土石採取業を含む。)、建設業、製造業、卸売業および小売業(飲食店業および料理店業を含む。)、金融業および保険業、不動産業、(運輸通信業(倉庫業を含む。)、医療保健業、著述業、その他のサービス業、前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行なう事業を規定している。本件株式取引は、株式の売買に関する取引であるから、右の最後の対価を得て継続的に行なう事業にあたるかどうかが問題となるのである。

ところで、右にいわゆる事業にあたるかどうかは、結局、一般社会通念によつて決めるほかないが、これを決めるにあたつては営利性、有償性の有無、継続性・反覆性の有無、自己の危険と計算における企画遂行性の有無、その取引に費した精神的あるいは肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、その取引の目的、その者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点が検討されるべきである。

この点に関し、原告は上場株式を信用取引する場合に所得税法施行令二六条二項の要件をみたすときは右取引から生ずる所得は原則として事業所得にあたると主張するが、このように解すべき法的根拠はない。また、原告は株式の売買は絶対的商行為であつてそれは当然に事業にあたるとも主張するが、これまたそのように解すべき法的根拠はないのである。所得税法上の事業の概念は、同法自体の概念として把握されるべきである。

(三)  そこで、右の観点に立つて、本件株式取引が事業といえるかどうかを検討する。

1  原告が洋家具の販売を目的とする有限会社石井洋家具店の代表取締役であり、別表一のような所得をえたことに当事者間に争いがない。右事実によれば、原告はその総所得あるいは生活の資のほとんど大部分を右会社から得ていたものというべきである。

2  原告が昭和四二年二月一五日日栄証券株式会社に信用取引口座を設定し、別表二のとおりの株式の信用取引および現物取引を行なつたことならびに昭和四三年における取引の損益計算が別表三のとおりであることは当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲六号証の二によれば、原告は右証券会社の外務員の勧奨と助言によつて信用取引をしたものであることが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

3  本件株式取引にあたり、原告が従業員を雇用せず、また、事務的設備ももたず、一人で投機的目的のために行なつたものであることは、原告において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

4  原告が昭和四二年分の株式取引による損失を申告していないことおよび事業の開廃に関する届出をしていないことは当事者間に争いがなく、昭和四四年分および昭和四五年分の株式取引による所得について何ら申告をしていないことは原告において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

5  本件株式取引に関し、原告がその責任においてどのような企画をしこれを遂行しようとしたのか、また、どのような精神的あるいは肉体的労力を費したかについては、何らこれを認めるに足りる証拠がない。

6  以上1ないし5において述べたところにもとづいて考えるに、本件株式取引における売買回数や売買株数は所得税法施行令二六条二項に定める要件を大きく上回つており、営利性・有償性および継続性・反覆性についてはこれを肯定するのが相当である。しかしながら、原告は有限会社石井洋家具店の代表取締役として生活の資のほとんど大部分を同会社よりえていること、株式取引のための人的・物的設備を設けておらず、日栄証券株式会社の外務員の勧奨によつてこれを開始し、その助言によつて投機的目的のために行なつたものであり、自らの責任において企画をたてこれを遂行したり、あるいは相当程度の精神的ないし肉体的労力を用いたものとは思われないことなどの点から考えれば、本件株式取引は社会通念上いまだ事業と認めるに足りないと解するのが相当である。

(四)  してみれば、本件株式取引によつて生じた損失は事業所得金額の計算上生じたものとは認められず、雑所得金額の計算上生じたものというべきである。

三  以上のとおりであるから、本件更正処分は適法であり、これに付随してなされた本件賦課決定処分も適法であり、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高津環 裁判官 牧山市治 裁判官 上田豊三)

別表一 (省略)

(注) 単位は円。

別表二 (省略)

(注) 金額の単位は円△印は損失を示す。

別表三 (省略)

(注) 単位は円、△印は損失を示す。

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